『好きな子の家に死体がある』後の話


※付き合ってる
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蔵之介side


命からがら、と言っても過言ではないほど満身創痍になりながらも、蔵之介はあの家からなんとか逃げ延びた。
見慣れた街並みを目にした途端、緊張の糸が切れてその場にへたり込んだ。
どっと疲れが押し寄せ、一歩も動けそうにない。

(あの怪しげな呪文使った時、えぐいぐらい体力もってかれた……)

ぜぇ、はぁ、と荒く息をしながら、蔵之介は胸を押さえる。
あのまま家にいたらどうなっていたかわからない。

(……怖かった)

さっきまでの悪夢のような恐怖体験を思い出し、ぶるっと震えた。
逃げ出すまではアドレナリンがドバドバ出ていたのか、恐怖より怒りと興奮が勝っていた。

でも冷静になると…

蔵之介は自分の体を抱き締めながら、必死で言い聞かせる。

(大丈夫。大丈夫……)

自分の腕をさすったところで、あの女に掴まれていた箇所が痣になっていることに気付く。

(っ、きもちわる……)

狂った女に触れられた感触がまだ残っているようで気持ち悪い。

「……隠岐……」

心細くて、無意識のうちに隠岐の名を呼んでいた。
名前を口に出すと、もうダメだった。
震える手でスマホを取り出し、隠岐へと電話をかける。

『ん、蔵之介くん?珍しいな、電話してくるとか』

すぐに出た隠岐の声を聞いてほっとする。

「隠岐」
『……?どうしたん?』

いつも通り優しい声色だ。
それが無性に嬉しくて涙が出そうになる。

「……立たれへん。しんどい。迎えに来て」

じわりと視界が滲む中、なんとかそれだけ、早口で言うことができた。

『な……っ!い、今すぐ行く!どこにおるん?』
「……寮の近くにあるコンビニの裏の、T字路あたり……」
『わかった。あとで事情聞くから!すぐ行く!』

そう言って通話は切られたが、心は少しだけ落ち着いた気がする。

(はやく……)

隠岐が寮にいるにせよボーダー本部にいるにせよ、ここから徒歩で10分もかからない。
早く会いたい。
会えばこの不安や恐怖もなくなるはずだ。
そんなことを考えているうちに、足音が聞こえてきた。
顔を上げると、そこには心配そうな顔をした隠岐の姿があった。

「蔵之介くん!」

駆け寄ってきた隠岐を見た途端、安心して泣きそうになった。

「!!?く、蔵之介くん!!」

蔵之介が泣きそうになっているのに気付いたのか、隠岐はぎょっとしたように目を見開くと走ってきた勢いのまま慌ててしゃがみ込み、蔵之介の肩を掴んだ。

「どないしたん!?何かあったん?」

慌てる隠岐を見て、自分が泣いていることに気づいた。
一度自覚してしまうと余計に止まらない。
ぼろぼろと大粒の涙を流し始めた蔵之介を見て、隠岐は動揺しながらもぎゅっと抱きしめてくれた。

「うぅ~~……」
「よしよし。相当嫌なことあったんやな。もう大丈夫やで」

背中を優しく撫でられる。
その手つきに安心し、少しずつ落ち着きを取り戻していく。

「……はぁ……ありがと……」

ぐす、と鼻を鳴らしながらもようやく泣くことをやめると、隠岐は困ったような笑顔を浮かべながら言った。

「何があったか話せる?無理せんでええんけど」
「……ん……。でもとりあえず先帰りたい」
「わかった。じゃあ行こ……あ、立たれへんねやっけ」
「うん」

蔵之介が「ん、」と両手を伸ばせば隠岐はすぐに察した。
むにむにと口の端を動かしてニヤける隠岐に、蔵之介は恥ずかしさを堪えてお願いする。

「……家まで運んで」
「うん」

嬉しそうに微笑みながら、隠岐はその場で換装した。トリオン体であれば蔵之介のことも余裕でお姫様だっこできる。

「しっかり捕まって」
「……ん」

隠岐の首に腕を巻き付けると、そのまま抱き上げられる。
バレない程度に甘えようと首筋にすり寄ると、隠岐はさらにニヤけた。

(……なんかムカつく)

普段なら絶対こんなことはしないのだが、今はとにかく隠岐に頼りたかった。

「見られたら恥ずかしいやろうから、屋根伝っていくわな」

そう言うと隠岐は蔵之介を抱き上げたまま、グラスホッパーを使って飛び上がった。
軽やかな身のこなしで屋根から屋根へと跳び移り、あっという間に寮へとたどり着く。

「蔵之介くんの部屋行く?俺の部屋?」
「……隠岐の部屋がいい」

なんとなく1人になるのが怖くて、隠岐と一緒にいたかった。

「了解」

蔵之介の要望を聞き入れた隠岐は、そのまま部屋へと向かっていく。

「隠岐ぃ」
「ん〜?」

隠岐はいつも通り、蔵之介を甘やかすような優しい声色で返事をする。
そのことにほっとしながら、蔵之介はぽつりと言った。

「……ありがと」

照れくさいが、ちゃんと言っておかなければと思った。
素直な気持ちを伝えると、隠岐は表情を蕩けさせる。

「どういたしまして」

隠岐は蔵之介を抱え直し、塞がった両手の代わりに頭を蔵之介にすり寄せ、よしよしと甘やかした。



***



隠岐side


蔵之介くんからSOSの電話が来た時、正直心臓が止まるかと思った。
すぐに駆けつけて、泣いて震える彼を抱きしめた時の安堵感といったらなかった。
あんなに弱り切った蔵之介くんを見るのは初めてだった。
本当なら外で泣くことも抱きしめることも、お姫様抱っこで運ばれることも絶対許さない彼なのに、そんなこと気にする余裕もないほど疲弊していたんだろう。
今もベッドの上に脚を投げ出して座りながら、ぼーっと宙を見つめている。

「……蔵之介くん、大丈夫?」

さらさらの黒髪に手を伸ばし、指先で弄びながら尋ねると、彼はぼんやりとした様子のまま俺の手に自分の手を重ねた。

「ん……だいじょぶ……」

その言葉とは裏腹に、声には覇気がない。

「…………うそ。けっこうきつい」

あの蔵之介くんが素直に認めるなんて、相当まいっているようだ。
俺は彼の隣に腰掛けると、ぎゅっと抱き締める。

「隠岐……くるしい」
「ごめん。でもちょっとだけ我慢して」
「……」

蔵之介くんは何も言わず、ただじっとしている。
されるがままに身を任せてくれることが嬉しかった。

「蔵之介くん、何があったん?」

優しく問いかけると、蔵之介くんはゆっくりと口を開いた。



***



蔵之介くんの話はにわかには信じがたく、まださっき見た映画の内容だと言われた方が納得できた。
でも蔵之介くんがこんな嘘をつく理由がないし、この疲労困憊ぶりがなによりの証拠だろう。

(なんで初対面の女の家にホイホイついて行ったんとか色々言いたいことあるけど……)

くてん、と俺に体重を預けて寄りかかってくれる蔵之介くんが可愛すぎて、腹の底で渦巻いていた不満や怒りが全部吹き飛んでしまう。

「もうほんまに、次から変な女に絡まれたらすぐ逃げるんやで?」

髪を撫でながらそう忠告すると、蔵之介くんは「ん〜」と言いながら目を閉じた。
眠いのか、それとも甘えているのかわからない反応だ。

(どっちにしても可愛い)

「隠岐ぃ」
「ん?」
「お腹すいてきた」

もうどうしようもなくおなかが空いてせつないです、みたいな顔で見上げられれば、お世話したい欲が爆発しそうになる。

「そっかそっか、なんか食べよか。お昼食べてないんやもんな。知らん人が作ったご飯食べへんかったの偉いで!」
「ふふん」

食いしん坊の蔵之介くんのことだから、目の前にご飯を出されて食べないというのは相当きつかっただろう。
なんだか禍々しい感じがして、出されたご飯を食べたいという気持ちは起きなかったらしいけど、育ちのいい蔵之介くんはそもそも目の前にあるご飯を全て残すという行為自体に抵抗を感じたはずだ。
その抵抗感にも食欲にも打ち勝って、知らない人の作ったものを口にしなかった蔵之介くんは本当にえらいと思う。

「じゃあちょっとなんか買ってくるから、蔵之介くんは寝て……」
「えっ」

立ち上がろうとすると、蔵之介くんは不安そうな顔をして俺の服を掴んだ。

「……行かんといて」

今1人にされたら死んでしまうとでもいうような必死さだ。
いつも強がりでプライドの高い彼が、俺を頼ってくれていることが嬉しい。

「わかった。どこもいかんで一緒にいる」

そう言って再びベッドに座ると、蔵之介くんは安心したように表情を和らげた。

「じゃあなんかウーバーしよか?」
「ん〜……隠岐、なんか作って」

甘えてくる蔵之介くんが可愛くて、なんでも言うことを聞いちゃいそうだ。

「チャーハンとか簡単なんでいい?」
「ん、ありがと」

蔵之介くんは嬉しそうに微笑むと、また俺の肩に頭をすり寄せる。
こんなに甘えたな蔵之介くんは初めて見る。

「あと着替えたいから服貸して」
「え、蔵之介くんのパジャマ用に置いてるやつじゃなくて?」
「隠岐のがいい」
「……そ、そっか。うん、ええで」

蔵之介くんの口から発せられた「隠岐のがいい」の破壊力に一瞬意識を失いかけた。

(俺の服着て俺の匂いに包まれて安心したい的な……?かわいい……)

そんなことを考えながらクローゼットを開け、適当に選んで渡せば蔵之介くんは早速それに着替え始めた。
それを見届けて、早速チャーハンを作るためにキッチンに向かおうとした瞬間、視界の端に蔵之介くんの腕に痣があるのが映った。

「……!」

蔵之介くんは俺の視線に気づいたようで、慌てて腕を隠す。

「蔵之介くん、ちょっと腕見して」
「……やだ。別に大したことないし」
「見して」

有無を言わせない口調で言うと、蔵之介くんはしぶしぶ隠していた手をどけた。
ホラー映画でしか見ないような手の形の痣がくっきり残っている。
両腕に残っているので、相当強く掴まれたらしい。

「痛い?」
「……ちょっとだけ」

蔵之介くんは素直に答えると、しゅんと俯いた。

「…………俺の蔵之介くんに傷つけたん誰やねん」

思わずドスの効いた声が出てしまった。
蔵之介くんの綺麗な肌に痕をつけるなんて、万死に値する。
ぼそりと呟いた俺の言葉が聞こえたのか、蔵之介くんはぱっと顔を上げた。
目を丸くして驚いたかと思うと、じわじわと頬が赤く染まる。
蔵之介くんは俺が嫉妬したり、独占欲を見せたりするとすごく喜ぶのだ。

(……なにその反応。かわいいな……)

はらわたが煮えくり返りそうだけど、蔵之介くんが嬉しそうなので今は追求しないでおくことにする。

「……おき、ごはん」

くい、と袖を引っ張られ、我に返る。
蔵之介くんは少し照れた様子ではにかみながら言った。

「そやったな。ごめんごめん」

蔵之介くんはさっきまであんなに落ち込んでいたのに、もうすっかり機嫌が治っているようだ。

(俺のこと大好きやん。かわいすぎ……)

俺はというと、蔵之介くんにこんなにはっきり跡を残すほど強い力で触れた相手に殺意が湧いて仕方がない。
でも、もう二度とこんなことがないようにすればいいだけの話だ。

「蔵之介くん、高校卒業したら一緒に住もな?」

四六時中ずっと傍にいられるわけではなくとも、せめて一緒の部屋に住んでしまえばなにかあった時にすぐに駆けつけることができる。

「…………え、……ん……うん」

蔵之介くんは耳まで真っ赤になりながら小さくうなずいてくれた。








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