夏といえば


※隠岐蔵

「夏といえばホラーやんなぁ」
「なんなん急に?」

ボーダー本部のラウンジ。お気に入りのドリンク片手に休憩中の清嗣は同じく休憩に来た隠岐と偶然居合わせ、流れで一緒に休憩を取ることになった。
そこで唐突に投げられた話題に、清嗣は首を傾げる。

「いや、今日テレビでホラー番組やるやん?あれ蔵之介くんと一緒に見たいなぁ思って」

清嗣の親友である蔵之介と、今目の前でデレデレとだらしない笑みを浮かべている隠岐は恋人同士だ。
隠岐の猛アタックにより段々と絆された結果、ついに蔵之介が折れて先日付き合い始めた。
真っ赤な顔で眉間に皺を寄せ、心底恥ずかしそうに報告してきた親友の姿は記憶に新しい。そしてそんな蔵之介を可愛い可愛いと言って憚らないこの男は、ことあるごとに蔵之介に会いに来ているのだ。

「まあええんちゃう?なんだかんだ喜ぶやろあいつも」
「そうかな?はぁ〜楽しみやなぁ。ホラー番組見て怖くなっちゃった蔵之介くんにしがみつかれたりしたいわぁ」
「妄想してるとこ悪いけど、あいつホラーめちゃくちゃ強いで」

蔵之介はホラー耐性が高いらしく、様々なホラーコンテンツを涼しい顔をして見てしまう。

「えぇ〜……あのクールな顔でかわいく怖がるところ見たかった……」

怖がって一人で眠れなくなる蔵之介を妄想していた隠岐はがっくりと肩を落とす。

「むしろお前が蔵にしがみつく事になるんちゃう?あいつが好きなホラーってなったらガチで怖いやつになるし」
「……その手があったか」

蔵之介がしがみついて怖がってくれないのは残念だが、それなら自分が怖がるふりをして抱きつけばいいのだ。
清嗣にヒントをもらったことで新たなアイデアを得た隠岐は早速実行しようと意気込む。

「でも蔵之介くん、俺が抱きついても『ウザい!離れろ!』とか言いそうやなぁ……」
「あぁ見えて結構優しいから、本気で怖がってたら突き放したりせえへんと思うわ」
「じゃあ本気で怖がる練習しとくか……」

斜め上すぎる決意をした隠岐を見て、こいつは本当に蔵之介のことが好きなのだなと改めて実感する。そして好きすぎて変な方向に突き抜けているところが心配にもなる。

「まぁ頑張りぃ」

応援なのか諦めろと言っているのか微妙なラインの言葉を投げかけながら、清嗣は残りのジュースを飲み干した。



***



「いらっしゃい蔵之介くん♡」
「お邪魔します」

律儀に挨拶をしながら自分の部屋に入ってきた蔵之介を、隠岐は満面の笑顔で迎えた。
今日の夜のホラー番組を一緒に見ようと誘ってみると、蔵之介は二つ返事で了承してくれた。
こうして恋人が自分の部屋にいるというシチュエーションだけでテンションが上がる。

(本気で怖がる演技もちょっと練習したし、あとはどさくさに紛れて抱きつくだけや)

しかしここで欲を出してはダメだと自分に言い聞かせ、まずは普通の態度で接することにする。
ソファーに座ってテレビをつけるとちょうど番組の始まる時間だったようで、画面にはタイトルが表示されていた。

「蔵之介くんってホラー平気?」
「まぁ……隠岐は?」
「俺は……実は怖がりなんやけど、でも気になっちゃって……蔵之介くんと一緒に見たいなって」

本当はそこそこ平気な方ではあるが、演技しつつあざとく首を傾げながらそう言う。しかし蔵之介にあざといアピールは効かないようで、「まぁそういう人結構おるよな」と軽く流されてしまい少しだけがっかりしてしまう。

「テレビでやってるホラー番組は大したことないし、怖いけど好奇心満たしたいっていう隠岐みたいなやつにはちょうどええかもな」
「そうなん?」
「ん……まぁ、もし怖かったら抱きついてもええで」

ニヤニヤと悪戯っぽく笑う蔵之介は、ただ隠岐をからかって遊びたかっただけだ。その思惑を踏まえた上で、隠岐は蔵之介の提案に乗ることにした。

「ほんま?じゃあ手ぇ握っててもいい?」

不安そうな顔を作って控えめに蔵之介の手を握る。すると蔵之介は「え?あ……おう……」と自分が言った手前断る事もできず、困惑しながらも手を握り返してくれる。

(か、かわ、かわいい〜〜〜♡)

うるうると目を潤ませて不安げな表情を作りながら、隠岐は内心で悶絶していた。

(手ぇ握るの恥ずかしいけど自分から言い出したから振り払うことも出来ずにそわそわしてる蔵之介くん可愛すぎる……!!!)

手を握った途端、そわそわと落ち着きなく視線を彷徨わせる蔵之介を見て思わず抱きしめそうになったが、まだ序盤だし怖がっているフリもしなければならないためぐっと我慢する。

「うぅ〜……こわい……」
「まだなんも始まってないやろ……」

蔵之介のツッコミを聞きながらも、怖がる演技を続ける。

「い、今おばけ映ったよな!?」
「木の影やろ」
「女の人の声した!」
「そうか?」

迫真の演技をしながらジリジリと蔵之介との距離を詰めていく。

「うぅ……」

ぎゅっと蔵之介の服の裾を掴むと、蔵之介は困った顔で言った。

「そんな怖いんやったら見るのやめればええやん」
「だって……見たいもん」

しゅんとした顔を作ると、蔵之介はますます困った顔になった。

「……しゃーないな」

蔵之介はそう言って隠岐の頭をぽんぽんと撫でる。その瞬間、隠岐はガッツポーズをしたくなった。

(あの蔵之介くんが!俺を!甘やかしてくれてる!!)

「ありがとお……蔵之介くん大好き」
「はいはい」

呆れたような顔をしている蔵之介だが、隠岐の頭に乗せた手はそのままだ。素直じゃない優しさにキュンキュンしながら、隠岐は怖がるふりをして蔵之介にくっついた。



***



(……ちょっと思ってたんとちゃうな……)

蔵之介にくっつきながら演技のためにちゃんと試聴しているうちに、本当に怖くなってきた隠岐は内心冷や汗をかいていた。

(テレビでやってるホラー番組は大したことないって言ってたのに……)

チラリと蔵之介の様子を伺うが、彼は涼しい顔で画面を見つめている。蔵之介にとっては本当に大したことないホラー番組らしい。

「隠岐、大丈夫か?」
「うん……」

先程までキャアキャアと、怖がりながらも楽しそうに抱き着いてきたのと打って変わり、言葉少なに震える隠岐を見て、蔵之介は心配になってきてしまう。

「……見るのやめる?」
「んん……」

見るのは怖い。見ないのも結末がわからなくて怖い。そんな状態に陥ってしまった隠岐はどうしたらいいかわからず、蔵之介にしがみつくことしかできない。

「……しょうがないなぁ……」

蔵之介は溜め息をつくと、隠岐の肩を抱き寄せた。そして自分の方に引き寄せると、ぎゅっと抱き締める。

「え……?」

突然のことに驚き、隠岐はぽかんと口を開けて蔵之介の顔を見た。

「ほら、大丈夫やから落ち着け」

ぽんぽんと背中を叩かれながら優しく言われ、隠岐はハッとして慌てて蔵之介に抱き着き返した。

(蔵之介くんがギューしてくれた……)

思わぬご褒美に感動しながら、隠岐は蔵之介の胸に顔を埋めた。どさくさに紛れて思い切り匂いも嗅いでおく。

「怖かったら目瞑っとけばええし」
「ん……」

蔵之介の言葉に従い、隠岐は目を閉じた。すると視覚がなくなった分、その他の感覚が研ぎ澄まされる。
テレビからは相変わらずおどろおどろしい音楽が流れ、女性の悲鳴のような声も聞こえてくる。
しかし恐怖に怯える隠岐にはその音すら遠く感じられ、蔵之介のあたたかい体温や呼吸の音だけが耳に響いた。

(あぁ……幸せすぎて死ぬかも……)

うっとりと蔵之介の胸板に頬擦りする。このまま時が止まればいいのにと思いながら、隠岐は目を閉じ続けた。
しばらくすると、だんだんとテレビの音が気にならなくなってきた。

「もうちょっとで終わると思うから……」

大好きな声と心音をBGMにして、隠岐は幸せな気持ちのまま夢の世界へと旅立った。



***



「おい隠岐、起きろ」
「ん〜……あと5時間……」
「長いわ」

隠岐は蔵之介の声で目が覚めた。寝ぼけ眼をこすりつつ、身体を起こす。

「あれ?俺いつの間にか寝て……」
「お前俺に抱き着いたままぐっすりやったで。ほんまは怖くなかったんか?」

呆れたような、しょうがないなとでも言いたげな表情をしている蔵之介。そんな蔵之介の顔を見ながら、隠岐はジワジワと恥ずかしさが込み上げてきた。

「や、あの……ごめん……」

恥ずかしさで思わず俯いてしまう。怖がる演技をしてイチャつくつもりだったのに、本気で怖がって介抱してもらった挙句寝落ちするなんて。穴があったら入りたい。むしろ自分で掘って埋まりたい。

「別にええけど」
「え?」
「妹もいつもそんな感じやし。慣れてるわ」
「そ、そっか……」

いつもより優しいと思ったら自分に妹を重ねていたのか。ちょっとだけ残念に思う隠岐だったが、そのおかげでこんなに密着して甘やかしてもらえたので良しとすることにした。

「ありがとうお兄ちゃん♡な〜んて……」
「は?誰がお兄ちゃんや」

眉間に皺を寄せた蔵之介が睨んでくる。隠岐は冗談だよと言うように両手をひらひらさせた。

「冗談やんか!そんな嫌そうな顔せんでも……」
「お前は俺の恋人やろ」
「え……?」

予想外の発言に、隠岐は驚いて動きを止める。

「なんやねん」
「い、いや、びっくりしただけで……そう思ってくれてるんやなと思って」

嬉しい。照れ臭くて、なんだかくすぐったい。隠岐は誤魔化すようにへらりと笑みを浮かべた。

「当たり前やろ」
「うん……」

真っ直ぐに見つめられて、隠岐は堪らない気持ちになった。蔵之介も自分の事を好いてくれているのだと、改めて認識すると奇跡のように嬉しい気持ちになる。

「〜〜っ、好き!蔵之介くん大好き!」
「わかったから静かにしろや」

蔵之介の胸に抱き着くと、彼は迷惑そうにしながらも受け入れてくれた。

「ほんまに大好き。チューしていい?」
「っ、い……いちいち聞くな!」
「じゃあ勝手にします〜」

ちゅっと軽く唇を重ねると、蔵之介は耳まで真っ赤にした。

「可愛い……」
「うるさい」
「もう一回してもええ?」
「もうあかん!」
「えぇー」

フイと顔を背ける愛しい恋人を、隠岐は改めてギュッと抱き締めた。

「は〜、蔵之介くん、大好き」
「知ってるってば」








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