※隠岐蔵
「あークッソ!!また隠岐にやられた!!」
江須隊スナイパー、吉本蔵之介はベイルアウト直後にそう叫んだ。
「隠岐あいつお前見つけるの上手いよなぁ」
ヘラヘラとベイルアウトルームに入ってきた清嗣を蔵之介が睨みつける。
「隠岐の方が俺より上って言いたいんか?」
「ちゃうちゃう!そうじゃなくてよ!よう見てるよな〜って話」
隠岐孝二と吉本蔵之介は同じスナイパーである。同い年や同じ大阪出身など共通点が多く、どうしても意識してしまう部分があるのだ。
「ほんまムカつく奴やで……!」
成績的には同じぐらいではあるのだが、隠岐はとにかく蔵之介を見つけて仕留めるのが上手い。隠岐をライバル視している蔵之介はそれが悔しくて仕方がないようだ。
「ま〜隠岐が蔵之介の事見つけんの上手いんはしょうがないわ」
「は!?なんでやねん」
ぷりぷりと怒る蔵之介だが、清嗣にはその理由がわかっている。
「だって隠岐は蔵之介の事大好きやん」
「はっ!?きしょい冗談言うなや!!」
じとりと睨む蔵之介を気にせず、清嗣はさっさとオペレーターの元に向かってしまう。
「ま、ええから解説聞きにいこうや」
「…………」
蔵之介は不機嫌そうな顔をして清嗣の後を追った。
***
『吉本隊員ベイルアウト』
「ふぅー……」
隠岐はため息をついて立ち上がると、隊長である生駒達人に話しかけた。
「イコさん、蔵之介くん落としました」
『ようやった隠岐!』
『お前ほんま蔵之介だけは絶対他人に落とさせへんよな』
水上の言葉に隠岐は少しだけ眉を下げて笑う。
「いやいや、そんな事ないですよ」
『お前が蔵之介の事好きなん、もうバレバレやで』
「え!?」
隠岐の顔が一気に赤くなる。その様子を見ていた南沢海がケラケラ笑った。
「隠岐先輩分かりやすすぎですもんね〜」
「ちょお!海まで何言うてんねん!」
「あ、やっぱり図星ですか?」
「ち、違うってば!」
サンバイザーを下げて顔を隠すものの耳元まで真っ赤になっている隠岐。そんな隠岐を含めた生駒隊の面々に真織の叱咤が飛ぶ。
『こらぁ!まだ試合終わってへんで!!』
『せやったな。じゃあもう一踏ん張りしよか〜』
生駒の声に合わせて全員が構え直す。
隠岐もいつも通りの表情に戻り、再びスコープを覗いた。
***
『生駒隊の勝利となります』
実況アナウンサーの声を聞きながら、隠岐はふうっと一息ついた。
「お疲れさん」
ブースから出て換装を解くと、水上に声をかけられる。
「水上先輩もお疲れ様です」
「相変わらず蔵之介落とすの上手いなぁ」
「いやいや……」
先程揶揄われた内容を思い出し、隠岐は頬を赤く染めた。
「……水上先輩」
「ん?」
「俺が蔵之介くんの事好きなん、誰にバレてるんですか」
「蔵之介以外の全員ちゃう?」
「えぇ……?」
水上の言葉に隠岐は項垂れる。どうやら隠岐の恋心は周りに筒抜けだったらしい。
「まあまあ、逆に考えたら外堀埋めやすいやろ」
「外堀って……別に俺は蔵之介くんとは付き合えるなんて思ってませんよ」
隠岐の言葉に、今度は水上が首を傾げた。
「なんでやねん。好きなんやろ?付き合いたくないんか?」
「そりゃ、好きやけど……」
「ならええやんけ」
「いやでも、無理でしょう」
「なんでや」
「だって、男同士やし」
隠岐の言葉を聞いて、水上は少し考える素振りを見せると口を開いた。
「それ関係あるか?」
「え?」
「別に男とか女とか関係ないやろ」
「いや、そうかもしれませんけど」
「蔵之介はお前の事嫌いじゃないと思うで」
「……めちゃくちゃ嫌われてますって……」
隠岐は苦笑いをして言った。蔵之介はそもそもクールで人見知りで他人には滅多に笑いかけたりしないが、隠岐には明らかに敵意を剥き出しにしている。近寄れば睨まれるし、話しかけようとすれぼ鬱陶しそうに追い払われる始末だ。
「あいつはなぁ、お前のことめちゃくちゃライバル視してんねん。だから嫌ってるわけとちゃうぞ」
「ライバル視……?」
隠岐にとっては全く身に覚えのない言葉であった。蔵之介は確かに狙撃の腕は抜群だが、自分に敵わない部分など沢山あるだろう。何故そこまで自分を目の敵にするのか、隠岐には分からなかった。
「まぁでも、ライバル視してる奴に毎回落とされるのは屈辱やろうから……。多少は嫌われてるかもな」
「えっ……」
「毎回毎回執拗に蔵之介の事狙うのやめたら、もうちょい仲ようなれるんちゃうか?」
「……」
隠岐は黙り込んでしまった。蔵之介を追うのをやめたら、蔵之介と仲良くなれるかもしれない。しかし、誰かに蔵之介を落とされるのは嫌だった。
「まあゆっくり考えや」
ポンッと肩を叩かれ、隠岐は顔を上げた。
「……はい」
***
「なんでこんな毎回毎回隠岐に落とされるんや?」
隠岐孝二による執拗なまでの蔵之介狙いは、B級隊員の中では有名になっていた。隠岐の気持ちを察している面々からすれば、それは蔵之介へのアプローチというか、独占欲のようなものだとわかるのだが、当の本人である蔵之介は気づいていないようだ。
「嫌がらせとしか思えんな……」
蔵之介がうんざりしたようにため息をつきながらラウンジに向かう途中、隠岐とばったり遭遇した。
「蔵之介くん!」
「げ」
「ちょっと話があるんやけど、今時間いいかな?」
「……」
蔵之介が答えずにいると、隠岐がずいっと近づいてきた。
「なぁ、聞いてる?」
「……ハァ〜。わかった。わかったから離れろ」
「やった!じゃあラウンジ行こっか」
「なんでお前に指図されなあかんねん」
「じゃあどこ行くん?俺の部屋来る?」
「……」
結局押し切られる形で2人は一緒に自販機コーナーに向かう事になった。
「で、何の話や」
「あのさ、」
隠岐は少しだけ目を伏せると、意を決した様に顔を上げて口を開いた。
「俺が蔵之介くんに嫌われてんのって、いつも俺が蔵之介くんの事落としてるから?」
「当たり前やろ」
「そ、そうなんや……」
隠岐は困った表情を浮かべた。
「えっと、じゃあ、蔵之介くんのこと狙うんやめたら……もっと俺とも仲良くしてくれたり……する?」
「は?試合で手ぇ抜くってこと?」
「ち、ちがうちがう!そうじゃなくて!」
隠岐は慌てて手を振って否定すると、言葉を繋げた。
「えーと、つまり、その……俺、蔵之介くんが誰かに落とされるのが嫌で……だからついいつも『誰かに取られる前に!』と思って蔵之介くんの事撃っちゃうねん」
「なんやそれ」
蔵之介が呆れた様な声を出した。
「何もかもが意味わからんわ。そもそもなんで俺が他の人間に落とされるのが嫌やねん」
「えっ、ええと、それは……」
隠岐は頬を赤らめてモジモジし出した。そんな様子の隠岐を見て、蔵之介は眉根を寄せる。『だって隠岐は蔵之介の事大好きやん』という清嗣の言葉が頭に浮かんだからだ。
(まさかとは思うけど……)
蔵之介は口を開く。
「……お前、もしかして、俺のこと好きなん?」
「え!?」
隠岐は顔を真っ赤にして固まってしまった。そしてしばらく沈黙が流れる。
(…………マジで?)
蔵之介は信じられないという目で隠岐を見た。隠岐は相変わらず固まったままだ。
(でもじゃあやっぱり俺のことやたら狙ってくる意味わからんくない?好きなら撃たれへんやろ)
蔵之介は首を傾げた。
(いやでもこいつ『誰かに取られる前に』とか言ってたな……?つまり……)
「……独占欲ってことか?」
「へぁっ!?」
隠岐が素頓狂な声を上げる。どうやら正解らしい。真っ赤な顔でぱくぱくと口を開閉する隠岐を見ていると、なんだか段々面白くなってきた。
「ふぅん……」
蔵之介はニヤリと笑うと、腕を組んで言った。
「なんやお前、結構可愛いところあるやんけ」
やたらと自分を狙ってくるのはてっきり嫌がらせだと思っていたが、まさかそんな理由だったなんて。いつもヘラヘラして掴みどころのない奴だとは思っていたが、こんな一面もあるのかと思うと途端に隠岐に興味が出てきた。
「俺が誰かに落とされんのが嫌すぎていつも俺のこと最優先で狙ってるんや?」
「えっ……いや、まあ、そうなんやけど……でもあの……ちゃんと試合は真面目にやってるっていうか……」
隠岐は顔を赤くしたまま、しどろもどろになっている。普段余裕たっぷりな隠岐のこんな姿は珍しい。蔵之介は思わず吹き出してしまった。
「ぶはっ!おまっ、めっちゃ顔赤いで!」
「うう〜!」
隠岐は恥ずかしさのあまり泣きそうな表情になった。
「そんなに俺の事好きなん?」
「〜〜っ、もう!!好きです!!!」
隠岐はやけくそ気味に叫んだ。
「蔵之介くんが誰かに落とされるのが嫌なぐらい好き!!もっと仲良くなりたいし、俺の事見て欲しいし、俺以外の人と一緒にいるの嫌やし、とにかく全部独り占めしたいぐらい好き!!!」
「なっ、何言うてんねん!急に大声で!」
蔵之介は驚いたように後ずさった。先程までニヤニヤと隠岐を揶揄っていた蔵之介だが形成逆転。吹っ切れた隠岐による熱烈な愛の告白に顔を赤くしてタジタジになっていた。
「片想いでいいとか付き合えるなんて思ってないとか言うけど、ほんまはめちゃくちゃ付き合いたい!蔵之介くんの特別になりたい!誰にも渡したくない!蔵之介くんと付き合ってチューとかし……」
「ちょっともう黙れお前!!」
蔵之介は慌てて隠岐の口を塞いだ。
「むぐ……」
「お前なぁ、ここどこやと思ってんねん。大声でペラペラペラペラ恥ずかしいこと言いよって」
真っ赤な顔で睨んでくる蔵之介に対し、隠岐は不満げに頬を膨らませた。
「だって蔵之介くんが『そんなに俺の事好きなん?』とか聞いてくるから」
「……」
確かにその通りだが、まさかこんな形で反撃してくるとは思わなかった。完全に形勢不利である。
「俺がどんだけ蔵之介くんの事好きか伝わった?」
「はいはい伝わった伝わった」
蔵之介は不貞腐れた様に返事をした。
「じゃあ告白の返事聞かせてよ」
「……」
今までの隠岐の言動が走馬灯の様に脳内で再生される。やたらと話しかけてくる隠岐。しつこいぐらい自分を狙ってくる隠岐。あれらは全て好意から来ていたのか。
「……無理や」
蔵之介はボソッと呟いた。
「えっ」
「絶対無理。ありえへん」
思い出せば思い出すほど、何故気付かなかったんだろうと不思議になる。なんだか無性に恥ずかしくなってきてしまった。
「く、蔵之介くん?なんか顔赤ない?」
「う、うるさい。お前のせいやろ」
蔵之介は隠岐を突き放すと、一人で歩き出した。
「ちょっ、待ってや〜」
隠岐は慌てた様子でその後を追う。この日、二人の関係は大きく変わった。
嫌がらせだと思っていたものが全て自分へのアタックだったと気付き、隠岐の事を意識せざるを得なくなった。
蔵之介がチラリと隠岐の方を見ると、隠岐はいつも嬉しそうにニコニコしていた。
(……調子狂うわ)
今までは鬱陶しい奴だとしか感じていなかったのだが、いざこうやって自分の事が好きだとわかってしまうと、どう接すれば良いのかわからない。
以前は「(全く隠せていないが)片想いを隠す隠岐」と「全く気付かないし隠岐に冷たい蔵之介」だったのが「片想いをオープンにして猛アタックする隠岐」と「たじたじになりながらも強く拒否はしない蔵之介」に変化し、周りの人間たちは「あの二人がいつ付き合うことになるか」という賭けを始めるようになった。そして隠岐の猛烈なアプローチが功を奏したのか、それから半年後、二人は無事に交際することになったのだった。
「あーあ、賭け負けたわ」
「……?なんやねん賭けって」
ぶぅと唇を尖らせる清嗣に、蔵之介は首を傾げた。
「蔵之介と隠岐がいつ付き合うかっていう賭けやってんけどな。俺は『すぐ付き合う』に賭けてたんや。結局半年もかかったし、全然当たらんかったなぁ」
「はあ!?お前そんな賭けしてたんかい!!」
蔵之介は顔を赤くしながら叫んだ。まさかそんな事になっているなんて知らなかった。
「まあまあ怒らんといてや」
「怒るやろ!しかもそんなすぐ付き合うとか……なんでそう思ったねん!!!」
「だってお前、隠岐に告白された時もう隠岐の事好きやったやん」
「は!!?!?!」
蔵之介は驚きのあまり目を見開いた。
「え……自覚なかったん?お前隠岐に告白された日ぽや〜って顔してたで。んで次の日から隠岐に優しくなったやろ。絶対隠岐のこと好きになったなぁと思ってたわ」
「嘘やろ……」
まさか自分がその時点で隠岐に惚れているなんて夢にも思っていなかった。自分でも気付いてなかった気持ちを親友にあっさり見抜かれていたことに、蔵之介は恥ずかしさで死にそうになった。
「ギェェェ……」と奇声を上げながら悶える蔵之介を見て、清嗣は笑った。
「ま、良かったやん!両思いになって!」
「……うるせ〜〜」
蔵之介は真っ赤な顔のまま机に突っ伏した。
「なぁなぁ、隠岐とどこまで進んだん?」
「ぶっ殺すぞお前」
ニヤニヤ笑いながら聞いてくる清嗣に、蔵之介はドスの効いた声で返した。
「……ちなみに今の話、隠岐には言ってへんやろな……」
「……教えたったら隠岐喜ぶやろな〜?」
「言ったら絶交やから!!!」
「小学生?」
「うるさい」
蔵之介がキッと睨むと、清嗣は楽しそうにゲラゲラと笑った。
終