かわりにくい甘え方


※隠岐蔵

隠岐が蔵之介を口説き落とし、二人が付き合うことになってからはや三ヶ月。
隠岐には最近悩み事がある。

「隠岐」

スナイパー合同訓練を終え、各々片付けをしたりさっさと立ち去ったりする忙しない雰囲気の中、蔵之介が声をかけてきた。

「ん?どないしたん蔵之介くん」

好きな人改めかわいい恋人に話しかけられ、隠岐はデレッと顔を緩ませた。

「食堂に晩飯食べに行こ」
「行こ行こ!ちょっと待ってな、もうすぐ片付け終わるから…」

そう言って蔵之介に背を向けて帰り支度をする隠岐の背中に近づき、蔵之介は顎を隠岐の肩に乗っけるように頭を乗せる。隠岐が驚いて固まると、「……?何してんねん?はよ準備せぇや」と呆れたような声を出す。
その言葉を聞いて我に帰った隠岐は急いで帰り支度を整え、「ごめんごめんお待たせ!行こか!」と蔵之介に声をかける。
蔵之介はこくりと頷くと、何事もなかったかのようにさっさと食堂に向かってしまう。
……これだ。

最近の隠岐を悩ませる原因。それは先程までのような、蔵之介がやたらと近い距離に来てくれるようになったということだった。今までは隠岐が近づいても、大体は「うざい」「鬱陶しい」などと辛辣な言葉を返されていたので、こうして自分から寄ってきてくれるようになったのは本当に嬉しいし内心ドキドキしっぱなしなのだが……。

(あれ、恋人にデレてくれてるって訳じゃなくて……心許した人間にはやってるんよな……)

最初は本当に舞い上がらんばかりに嬉しかった。ほとんど泣き落としのような形で蔵之介と付き合うことになったが、ここにきて蔵之介も自分の事を好きになってくれたのでは?と思った。期待で目が冴えて眠れない夜もあった。
しかし蔵之介の接触には恋人への甘い雰囲気は微塵も感じられず、どちらかといえば心を開いてくれた猫が気紛れに擦り寄ってくるあの感じに似ていた。
蔵之介は基本的に他人を寄せつけないタイプなので、自分にだけ懐いてくれたならそれはそれで嬉しい……と思っていたが、どうやらそういう訳でもなさそうだった。
彼の親友や年上の幼馴染に対しても、こんな風に無防備に距離を詰めているところを見たことがある。それを思い出し、自分が特別ではないことを思い知らされたのだ。
だというのに、やっぱり蔵之介が近くに寄ってきてくれるとすぐに顔はニヤけてしまうし、可愛いなぁとつい抱きしめたくなってしまう。

「あー……俺ってほんまにアホなんちゃうか……?」

思わず独り言ちながら隠岐はため息をつく。
心を開いた人間に対する蔵之介の距離の近さに勘違いしてしまいそうになる事。それが隠岐の最近の悩みだった。



***



「美味しい?」
「ん」

ハムスターのように頬いっぱいにご飯を詰め込んで咀しゃくする蔵之介を見て、隠岐は幸せに浸っていた。
二人の食事中はいつもこうである。普段仏頂面しか見せない蔵之介だが、食べる時は意外にも表情豊かになる。普段は大人びた風貌をしている蔵之介だが、食事をしている時の彼はとても幼くて可愛らしい。
蔵之介の前には大量の皿が置かれていたが、それすらも「いっぱい食べる君が好き♡」という気持ちにしかならないくらい、隠岐は蔵之介に骨抜きにされている。

「隠岐」
「ん〜?なに〜?」
「この後部屋遊びに行っていい?」

もぐもぐと口を動かしながら、蔵之介は隠岐を見つめて言う。
隠岐は一瞬固まったが、すぐに笑顔を作って了承の意を伝える。

「ええよ!ゲームでもする!?」
「ん」

蔵之介は素直にこくりと首を縦に振る。それだけ言って食事に戻る蔵之介を見て、隠岐は内心でため息をつく。
恋人の部屋に夜に遊びに行くなんて、普通ならばそういう展開を期待してもおかしくはない。なのに蔵之介はそんなつもりは全くないという態度だ。ただ単に暇だから隠岐の部屋でダラダラしたいと言っているようであった。

(俺ばっか意識してるみたいやんか……まぁ、実際俺ばっかり蔵之介くんの事が好きで、向こうはそうでもないんやけど……)

蔵之介にとって自分は恋愛対象ではなく、ただの友人か弟みたいな存在に過ぎないのではないかと思わされる。付き合っているのに、まるで友達と遊んでいる時と変わらない感覚。隠岐はそれが不満で仕方なかった。
とはいえそれを口にする勇気もなく、食べ終わった蔵之介と共に食堂を後にした。



***



夕食後、約束通り隠岐の部屋に来た蔵之介だったが、特に何かをするわけでもなく並んでソファーに座り、テレビを流しながらスマホを弄っているだけだった。
隠岐は少し居心地の悪さを感じながらも、蔵之介に話しかける。

「蔵之介くんは最近なんか面白い動画とか見たりした?」
「ん?あ〜…面白いとは違うけど、めっちゃかわいい猫の動画は見た」
「え?どんなん!?」

なんとなく振った話題であったが、まさか蔵之介の方からその話をしてくれるとは思っていなくて、隠岐は食い気味に身を乗り出す。

「これ」

蔵之介は隠岐に身体を密着させて腰に手を回し、甘えるように頭を隠岐の肩に預ける。そして隠岐の目の前にスマホを差し出した。

「絶対隠岐これ好きやと思って」

そう言って再生してくれる蔵之介の話も、動画の内容も全く入ってこない。腰に回された手と肩にある蔵之介の頭の重みに全神経が集中してしまい、心臓がバクバクと高鳴る。

(あかんあかんあかん……!これはあかんで……!!)

先程まで平静を装っていたが、正直なところもう我慢の限界だった。

「な?かわいかったやろ?」
「そっ……う、やね……」

何とか言葉を返すが、隠岐は動揺を隠せていない。

「隠岐?」

蔵之介が頭を上げて不思議そうな顔で見つめてくるが、今の隠岐にそれを気にするような余裕はなかった。

「あのさ、蔵之介くん」
「うん?」
「……あんま距離近いと勘違いしそうになるんやけど」

顔が熱い。情けないがきっと頬は赤く染まっているだろう。そう思いながら隠岐は視線を床に落とす。

「勘違い?」
「……蔵之介くん、俺に心開いてくれてるからそんな距離近いんやろうけど、一応俺ら付き合ってるから……。そんな近くに来られると、蔵之介くんも俺の事好きなんちゃうかって勘違いしてまう……」

我ながら女々しい事を言っている自覚はある。しかし自分の気持ちを誤魔化す事は出来なかった。

「ごめんな……?変なこと言うて……忘れてくれてもええんやけど……」

隠岐の言葉を聞いた蔵之介は黙り込んだかと思うと、「……し……」と小さく呟いた。

「え?」
「……勘違いじゃないし」

蔵之介の言葉にバッと顔を上げると、蔵之介は耳まで真っ赤になりながら、うろうろと視線を彷徨わせていた。

「確かに仲ええやつには距離近いかもしれんけど……こんな……隠岐にやるみたいに甘えたりせぇへんし。……わかれや、アホ」

蔵之介はボソボソと恥ずかしそうにそう言うと、プイッとそっぽを向いて体育座りになってしまう。隠岐はその姿を見て、愛しさが爆発した。

「蔵之介くん!」
「うおっ」

隠岐は思わず蔵之介を思い切り抱きしめた。

「好きやで」
「な、なに急に」
「蔵之介くんのこと大好きなんやって」
「……わかったから離せよ。苦しい」

そう言いながらも、腕の中の蔵之介は大人しく隠岐の懐に収まっている。本当に素直じゃない恋人に、隠岐はますます惚れ込んでしまう。

「蔵之介くん」
「……何」
「チューしたい」

隠岐が言うと、蔵之介は固まって赤い顔を更に赤くした。

「……あかん?」
「…………か、勝手にしたらええやろ」

相変わらず可愛くない言葉しか出てこない蔵之介だが、隠岐はそんな所も可愛くて仕方がなかった。
顔を近付けるとぎゅっと目を瞑る蔵之介にキュンキュンしながら、ゆっくりと唇を押し付ける。柔らかい感触と温かさに胸がいっぱいになった。
数秒でまたゆっくりと唇を離す。蔵之介は閉じていた目を開いて、隠岐を見つめる。その瞳は潤んでいて、熱っぽい表情をしていた。

「蔵之介くん、好き」
「……知ってる」

ぶっきらぼうに答える蔵之介だったが、隠岐の服の裾をキュッと掴む。それが照れ隠しだとわかっている隠岐は、もう一度だけ、触れるだけのキスをした。








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