隠岐の片思い奮闘記


※隠岐→蔵

「隠岐先輩って好きな人いるの」

なかなか懐いてくれない、年下のクールな後輩。そんなユズルに急に話しかけられたかと思えば、いかにも中学生らしい質問をされた。

「ええ?急にどうしたんユズル」
「……別に。気になったから」
「ふーん……好きな人……ねぇ……まぁ、おるけど……」

言いながら、無意識に目を向けてしまって、しまった、と思っても既に手遅れだった。

「……蔵之介先輩?」
「!!!」

目が合った瞬間、ニヤリとした笑みを浮かべるユズル。

「いや!あの!」
「別に隠さなくてもいいよ。知ってたから」
「は!?いつ!?どこで!?」

思わず声が大きくなる。

「最近。隠岐先輩が蔵之介先輩と話してる時、いつもより嬉しそうだから」

……全然気付かなかった……。隠せていると思っていた蔵之介への恋心が、中学生のユズルにすらダダ漏れだった事実に愕然とする。

「でもオレ、別にそのこと誰にも言ってないけど」
「そっかぁ〜。うん、それなら良かったわ」ホッと胸を撫で下ろす。しかし次の瞬間、とんでもない爆弾を落とされた。
「告白はしないの?」
「へっ!?なんで!?」

突然の問い掛けに素っ頓狂な声で反応してしまう。

「だって好きって気持ちがあるなら、伝えることもあるのかなって」
「……それは……そうやねんけど……」

男同士なんやから、そんな簡単な話ちゃうやろ!とは言えず。隠岐の口から出てきた言葉は曖昧なものだった。

「あ、でも蔵之介先輩には彼女がいるとか聞いたような……」
「えっそうなん!?誰!?」

初耳だ。そんな話は聞いたことがない。

「知らない。誰か聞いてみたら?」
「いやいや!聞けへんわそんなん!」
「……ふぅん」

全く興味無さげに返事をするユズル。

(ていうか蔵之介くんに彼女おるなんて噂、初めて聞いたわ)

心が鉛のように重くなる。告白する前から失恋した気分だった。気分というか、事実かもしれないが。

「隠岐先輩」
「な、何?」
「俺、応援してるから」
「……ありがとう」

笑顔を向けると、ユズルもまた少しだけ口角を上げて微笑んだ。



***



「蔵之介くんって彼女おるん?」

ユズルの言葉を聞いてから数日経ったある日のこと。隠岐は腹を括り、思い切って本人に直接尋ねてみた。

「……そんなん聞いてどないすんねん」
「いやまぁ、ちょっと気になってもうて」
「……おらん」

たっぷり間を空けてから返ってきた答えは意外なもので。思わず聞き返す。

「ほんまに?嘘じゃなくて?」
「なんでこんなんで嘘つかなあかんねん。」
「あはは、ごめんごめん」

でも意外やったわ〜などと言いながら、内心ガッツポーズを決める。

(ということは今フリーやん!!チャンスあるかも!!!)

期待で胸が高鳴った。
それからというもの、隠岐は積極的にアプローチを仕掛けることにした。
まずは昼食を一緒に食べるようにしたり、帰り道に寄り道を誘ったりしようと思ったが、蔵之介の隣にはいつも彼の親友である清嗣がいた。

(あーこれアカンわ。2人っきりになるタイミングがない)

どうしたものかと考えながら廊下を歩いていると、ちょうどよく教室移動中の蔵之介を発見した。

「蔵之介く〜ん!」

後ろ姿を見つけて大声で呼ぶと、彼はこちらを振り向いた。

「……隠岐?」

怪訝な顔でこちらを見つめる蔵之介に駆け寄る。

「なぁなぁ蔵之介くん。今日放課後空いとる?よかったらオレと一緒に帰らへん?あっ、用事あったりする?無理せんでもええんやけど」
「は?なんでいきなりお前なんかと……」

眉間にシワを寄せ、明らかに嫌そうな顔をされる。隠岐はめげずに続けた。

「お願い!どうしても蔵之介くんと行きたいところあんねん!付き合うてくれたらオレなんでも奢るから!な?頼むわ〜」

両手を合わせて懇願すると、「奢る」という言葉にわかりやすく反応した後、蔵之介はため息をついて言った。

「しゃあないなぁ。わかった。奢りって言うたの忘れんなよ。」
「ホンマ!?ありがとう!!」

隠岐は満面の笑みを浮かべた。
蔵之介は渋々といった様子だったが、なんとか了承を得たので、早速放課後になったら蔵之介のクラスに行こうと、隠岐は浮き足立った。

(これで2人っきりやし、いい感じに距離縮められたらええなぁ)

隠岐は一人、ゆるゆると頬を緩ませた。



***



放課後になり、蔵之介の教室へと行くと、彼は1人でそこに居た。

「蔵之介くん!待っとってくれたん!?」
「たまたまや。それよりどこ行くねん」

ぶっきらぼうに声をかけてくる蔵之介に、隠岐は笑顔で答える。

「駅前のカフェ!新しく出来たとこで、行ってみたかったんよ〜。行こ行こ!」

隠岐が元気良く歩き出すと、蔵之介も隣に並んでついてきた。会話は無かったが、蔵之介と並んで歩けるだけで隠岐は胸がいっぱいになった。

店内に入ると、席に通されそれぞれメニュー表を広げた。

「どれにしようかなぁ。蔵之介くんは何にする?」
「ハンバーグプレートと山盛りフライドポテト、あといちごパフェとパンケーキ」
「相変わらずよう食うな〜……」

注文を終えると、隠岐は蔵之介に色々と話しかけた。滅多とないチャンスなので、隠岐は話題を探しまくった。

「そういえば蔵之介くん、この防衛任務休みやったやろ?何して過ごしてたん?」
「別に何も」
「そっかぁ」

会話の続かなさに若干心が折れかける。

「……隠岐は」
「えっ」

まさか質問返しされると思わなかったので、思わず声が出た。蔵之介は眉を顰めながら小首を傾げ、不思議そうな顔をしていた。

「お、おれは友達と遊んどったよ」
「ふぅん」

また沈黙が流れる。

(あかん……全然続かへん……)

隠岐は必死に次の話題を探すが、中々見つからない。焦っていると、蔵之介の方から口を開いた。

「隠岐ってさぁ」
「うん?」
「なんで俺に構ってくるん?そんな仲良くないやんけ」
「えぇ……そんなこと言わんといてよ……」
「だって隠岐、友達多いやん。わざわざ俺に絡んでくる意味がわからん」

隠岐は思わず下唇を噛んだ。

(それは俺が一番知りたい……。なんで蔵之介くんのことこんな好きになってもうたんやろ)

「お待たせしました〜。ハンバーグプレートと山盛りフライドポテト、ケーキセットのティラミスと、アイスティーになります」

運ばれてきた食事に、思考を一時ストップさせる。ふと蔵之介の顔を見ると、分かりにくいが目を輝かせている事に気がついた。くすりと微笑んだところで気付く。蔵之介はいつも怒り以外の表情が分かりにくいと周りに言われていた。なのに自分はこんなに些細な表情の変化まで見逃さなかった。その事実に隠岐は愕然とした。もしかして、自分はもう手遅れなほどに、目の前の男に惚れ込んでいるのではないかと。

「隠岐?」

急に黙り込んだ隠岐を不審に思ったのか、蔵之介は呼びかけた。

「あっごめんごめん。ちょっと考え事しててん」

隠岐は慌てて笑顔を取り繕い、フォークを手に取った。

「いただきまーす」
「いただきます」

きちんと手を合わせてから、ナイフとフォークを綺麗に使い、ハンバーグを頬張る蔵之介。隠岐はその姿をじっと見つめて、心の中でシャッターを切るように記憶する。

(可愛いなぁ……)

「隠岐?食べへんのか?」
「あっ食べる!食べるわ!いただきます!!」

隠岐は勢いよく自分のティラミスに手をつけた。

ちまちまとティラミスを口に運びながら、蔵之介の様子を観察する。蔵之介はハンバーグをガツガツと口に運び、合間にフライドポテトをつまんでいた。

(ほんまえらいたべるなぁ。見てるこっちも気持ちええもんやわ。美味しそうに頬張ってるとこ可愛い……って何考えてんねやろ。アホちゃうか自分)

隠岐は頭に浮かびかけた妄想を振り払った。

「隠岐」
「はい!?」
「お前今日なんか変やぞ」
「へっ?」

唐突な指摘に間抜けな声が出た。蔵之介は怪しむような目つきでこちらを見据えている。

「そ、そうかなぁ?全然普通やけど……」

しどろもどろになりながらもそう返すと、聞いてもしょうがないと思ったのか蔵之介は食事に戻った。

(危なかった……ちょっとやらしい目で見かけたんバレたかと思った……)

隠岐はほっと胸を撫で下ろした。
蔵之介がハンバーグとポテトを完食した頃合いで、パフェとパンケーキも運ばれてきた。蔵之介は嬉々としてそれらを食べ始める。隠岐はその様子を眺めながら、「蔵之介くんって甘いもん好きなん?」と何気なく蔵之介に問いた。

「……好きや。悪いか」

恥ずかしいのか少しだけ頬をピンク色に染め、不貞腐れたような声色でそう返す蔵之介に、隠岐は心臓をブチ抜かれた。

(好き…蔵之介くんが…好きって…)

隠岐の脳内では、先程の蔵之介が延々と再生されていた。恥ずかしそうに甘いものが好きだと言う蔵之介が、いつの間にか恥ずかしそうに隠岐の事が好きだと言う蔵之介にすり替わるのに、そう時間は掛からなかった。

「おい隠岐?どうした?」
「……えっ?」
「顔赤いで。熱でもあるんか」

先程から挙動不審な行為ばかりを繰り返す隠岐に、流石の蔵之介の心配になってきたのか気遣わしげな顔で見つめてくる。「だ、大丈夫!ほんまになんでもあらへん!」隠岐が慌てて否定すると、蔵之介は何とも言えない表情を浮かべた後、「まぁええけど」とパンケーキに取り掛かった。
そのまま数口食べた後、蔵之介は突然ハッとした顔になり、「もしかして…じっと見つめてくんのは寄越せって意味か…?」と斜め上の解釈をし出した。

「ち、違うで!?そんなつもりやなくて……」

隠岐は混乱しながらも必死に弁明したが、見つめすぎて説得力が無かったのか、話を聞いてもらえない。

「嘘つけや。そんなずっと見てきて…欲しいなら欲しいって言わんかい」
「え!?」
「いつもなら絶対あげへんけど…今日はお前の奢りやからな。一口ぐらいならあげてもええわ」

と言いながら蔵之介はパンケーキを一口切り分け、隠岐に差し出した。隠岐はしばし呆気に取られていたが、やがて状況を理解した途端に顔を真っ赤にして固まってしまった。

(あかん!これはあかんで!!)

「ほら隠岐。早よせぇや」

蔵之介は隠岐にフォークを上下に振り、催促してくる。

「うぅ…じゃあ…いただきます……」

隠岐は意を決してそのパンケーキを口に含んだ。

「うまい?うまいよな?」

蔵之介はそうだろう?と言わんばかりに、楽しそうな表情で隠岐の顔を覗き込んでくる。

「う、うまい……です……」

隠岐は消え入りそうな声でそれだけ答える。蔵之介は美味しいものを共有出来たのが嬉しかったのか、それを聞くと満足げな表情でまた食事に戻った。

(これ……何?これもしかして夢?)

隠岐は内心悶絶していた。こんな幸せがあっていいのか。いや、良いのだ!神様ありがとう!一生分の運を使い果たしたかもしれない!と心の中で叫んだ。

隠岐が落ち着いた頃には、蔵之介は既にパフェまで食べ終えていた。

「ごちそうさま。美味かった〜!」

美味しいものをたくさん食べて満足したのか、蔵之介はかなり上機嫌だった。ご飯を奢っただけでこんなにニコニコと上機嫌にしているかわいい蔵之介を見れるなら、いくらでも奢ってしまいそうだと隠岐は思った。

「あのさぁ隠岐」
「はい!?」
「俺今日正直お前と一緒におるとか嫌やってんけど」
「うっ……!はい……」
「めっちゃ美味かったから結果一緒におって良かったわ。誘ってくれてありがとうな」

蔵之介は笑顔でそう言った。隠岐は胸がいっぱいになって言葉が出なかった。
その後、二人は店を後にして、本部に向かって歩いていた。
隠岐はこの幸せな時間がいつまでも続けばいいのにと思いながら、隣を歩く蔵之介の横顔を見つめる。

(ああ……やっぱり俺蔵之介くんの事好きや……)

隠岐は改めて自分の気持ちを自覚した。
それからしばらく歩いたところで、隠岐は蔵之介に声をかけた。

「蔵之介くん」
「何?」
「蔵之介くんって好きな人とかおるん?」
「またそういう話か」
「ええやん。教えて?」
「おらん」
「ほんまにぃ?」
「しつこい」
「……じゃあさ、俺、蔵之介くんの事を好きになってもええかなぁ……な〜んて……」
「……」
「冗談……やねんけど」

隠岐が恐る恐るそう言うと、急に蔵之介が立ち止まったので隠岐もつられて立ち止まる。怖い。言ってしまった。俺はお前の事が嫌いだと。気持ち悪い事を言うなと。そう言われるのが怖すぎて、何重にも予防線を張ってしまった。我ながらダサすぎる。

「隠岐」

名前を呼ばれ、蔵之介の方を見ると、真剣な顔でこちらを見つめてくる。隠岐は泣きそうになった。

「隠岐、ほんまに冗談か?」

蔵之介は隠岐目を真っ直ぐに見据えて、こう続けた。

「冗談ならええ。まぁタチ悪いけど。でも本気ならちゃんと本気で来い。正直俺はお前のこと好きでも何でもないけど、本気の相手に適当な事言わん」

隠岐の目から堪えきれなくなった涙が溢れ出す。蔵之介は慌てふためいた後、「おい泣くなや!」と焦りだしたので、隠岐は慌てて袖で拭った。

「ごめ……っ、うれしくて……」

あの蔵之介が自分に振り回されてオロオロしているのが面白くて、思わず笑みが溢れた。

「何笑っとんねん」
「ごめ……っふふ」

なんだか吹っ切れたような気分になって、正面から蔵之介を見据える。

「蔵之介くんは男から好かれて気持ち悪くないん?」
「別に」
「そっかぁ……」

隠岐は蔵之介らしいなと微笑んだ。

「……蔵之介くん。俺、ずっと前から蔵之介くんの事が好きです。……今すぐ返事くれとは言わへん。せやけど、あの……ちょっとでも考えてみてくれたら、嬉しい、です……」

隠岐は言い終わると、恥ずかしくなって俯いてしまった。

「……わかった。考える。」
「へ?」
「だから!考えるって!」
「ほ、ホンマ!?︎」
「なんや、今のも冗談か?」
「いえ全然!!︎本気です!!めっちゃ嬉しいです!!」

隠岐は感極まってまた泣いてしまいそうだったが、グッとこらえて笑顔で答えた。

(蔵之介くんが俺の告白を聞いてくれた!しかも前向きに!)

隠岐は天にも昇るような心地だった。こんな日が来るなんて夢みたいだ。

「あー!もう!うざい!泣いたり喜んだり忙しい奴やな!」

蔵之介は隠岐の反応に困ったのか、顔を真っ赤にして怒った。

「ごめんごめん!」

隠岐は笑いながら謝った。

「はよ帰るぞ!」
「あ!待ってや蔵之介くん!」

さっさと本部に向かって歩き出した蔵之介の後を慌てて追い、隣に並ぶ。

「蔵之介くん」
「……何」
「ありがとうな」
「……何がやねん」

蔵之介は相変わらずぶっきらぼうだが、少しだけ耳が赤くなっていた。

(蔵之介くん照れてるん?かわええなぁ……)

隠岐は嬉しくてニヤけそうになるのを必死に抑えていた。
本部に着くまでの間、隠岐は幸せを噛み締めながら、隣を歩く蔵之介の手をこっそり握ろうとしたが、すぐに避けられてしまい失敗に終わった。

(これからもっとアピールしていけばええんや。絶対俺の事好きにさせたるで蔵之介くん)

隠岐は心の中で静かに宣戦布告した。








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