※水オペメイン・隠岐蔵もかなり出しゃばっている
2月14日。バレンタイン。
きたるその日に向け、大谷裕翔は並々ならぬやる気を見せていた。
というのも、意中の相手こと生駒隊シューターの水上敏志に、初めて手作りのチョコレートを贈ろうと思い立ったからだ。
とはいえ、今までお菓子作りなどほとんどしたことがない。強いて言えば家庭科の授業で炊飯器ケーキを作ったくらいだ。
そんな初心者丸出しでいきなり高度なお菓子作りなど出来るはずもなく、また1人で完成まで持っている自信がない。
しかし裕翔にはこと食べ物作りに関して、この人なら!と思える心当たりがあった。
「……ということで、教えてくれませんか?」
「いやまぁ……ええんやけど俺もそんな凝ったもん作られへんで?」
チョコのテンパリング?とかなんやようわからんし……と困り顔を見せるのは、裕翔が所属する江須隊のスナイパー、吉本蔵之介であった。
蔵之介は料理が趣味らしく、いつも何かを食べているか作っているかしている印象がある。きっと彼ならば、お菓子作りにも精通していることだろう。
「大丈夫です。あんまりハイレベルだと俺もついていけないので。初心者向けでお願いします」
「初心者向け……」
トリュフとかなら簡単やしそれでいい?と聞かれたので、裕翔は大きく首肯する。
蔵之介曰く、溶かしたチョコと生クリームを混ぜて冷やし、丸めてココアパウダーを纏わせるだけなので小学生でも簡単にできるらしい。
これなら自分にも出来そうだな、と安心して胸を撫で下ろす。
「材料と……あとはラッピング用の箱とかも買っとくか」
「!そうですね」
ラッピングのことをすっかり失念していた裕翔はハッとする。
せっかくだから美味しく出来たものを綺麗に包んで渡したい。その気持ちから、蔵之介と共に製菓材料店へ赴き必要なものを買い揃えることにした。
***
「蔵先輩も誰かに渡すんですか?」
ぎくっ、と音が聞こえてきそうなほど分かりやすく蔵之介が肩を揺らす。
てっきり自分に付き合ってくれているだけかと思っていたが、それにしては必要のないオレンジまで買い込んでいるので気になっていたのだ。
「あー……まぁ、一応……」
蔵之介の顔は少し赤い。照れ臭さを隠すようにそっぽを向いている。
これはもしや……
「隠岐先輩ですか?」
蔵之介は顔を真っ赤にして慌てふためいた。どうやら図星のようだ。
蔵之介に恋人がいるらしいという噂は聞いていた。相手が生駒隊のスナイパー、隠岐考ニだということも。
直接聞いたわけではないので真偽は不明だったのだが、こうして目の前の反応を見る限り本当のことなのだと思う。
「……蔵先輩からチョコもらったら、隠岐先輩すごいことになりそうですね」
日頃から蔵之介への好意を隠さず、隙あらばスキンシップを図ろうとしている隠岐の姿を思い浮かべる。
そんな風に愛情表現されるのが恥ずかしいのか、蔵之介はよく照れながら怒っている。
けれど嫌ではないようで、なんだかんだ受け入れてしまうあたり満更でもないのだろう。
「おっ、俺のことはいいやろ!それよりユートのことや!」
話を逸らすように大きな声を出した蔵之介に苦笑しつつ、裕翔は手元にあるチョコを見た。
(水上先輩に渡すチョコ……)
材料を手に、大好きな人のことを想うだけで自然と口元が緩む。
受け取ってくれるだろうか?喜んでくれるだろうか?そんな期待で胸がいっぱいになる。
「……喜んでくれるよ」
裕翔の思考を読んだかのように、蔵之介がぽつりと言った。
思わず顔を上げると、優しい笑顔を浮かべる彼と目が合う。
「ユートの想いがこもってれば、絶対」
「……はい」
力強い言葉に勇気づけられ、裕翔は再び手元のチョコレートを見つめた。
「材料買ったら次はラッピング買いに行こ」
「はい。……オレンジ色の、シンプルで大人っぽい箱がいいです」
あの人みたいな。
***
2月14日当日。
今日の放課後は、江須隊と生駒隊合同でバレンタインパーティーをすることになっている。
各自放課後に生駒隊作戦室に集まるよう言われており、そこにチョコを持ち寄る予定だ。
というのも、江須隊は全員顔が整っており、女子人気が高い。そのため毎年大量にチョコレートが届くため、自分たちだけでは食べきれないのだという。
それならばいっそ皆で一緒に食べようということになり、合同でパーティーをするのが毎年の定番になったのだそうだ。
「はぁ〜!今年も江須隊の皆さんはモテモテやなぁ〜!!」
若干恨めしそうに言ったのは生駒隊の隊長・生駒達人である。
彼は江須隊のモテっぷりを見て羨ましさを滲ませていた。
「ほんま、みんなええ男やもんな」
「生駒さんのほうがええ男だけどね〜」
くっ……!と悔しがる生駒に、普段通りのマイペースさで江須が返す。
「そうだよ。俺が女の子だったら絶対生駒くんに渡してるし」
そうニコニコしながら言う網走とのんびりしている江須に対し、生駒は「ふたりとも……!」と涙目になっている。
そんな光景を横目に、裕翔は蔵之介とコソコソ話をしていた。
「……蔵先輩、不安になってきた……」
「大丈夫やって!頑張って作ったやろ!」
土壇場になって弱音を吐く裕翔を、蔵之介が励ましてくれる。
しかし、どうしても緊張してしまう。だって、初めての手作りお菓子なのだ。不味かったらどうしよう。美味しくなかったらどうしようとネガティブな考えばかりが浮かんでしまう。
「一緒に味見したし、美味しかったやろ!」
「たまたま美味しいところに当たっただけかも……」
「そんな安いフルーツやあるまいし!当たりはずれないやろ!」
大丈夫やって!と必死に背中を押してくれている蔵之介には悪いが、どうにも自信がない。
すると、そんな裕翔たちの会話を聞きつけたらしい隠岐がこちらへやって来た。
「なんの話してんの〜?」
ニコニコしているものの、目が笑っていない。自分のかわいい恋人が他の男とコソコソ内緒話をしていたのだ。面白くないに決まっている。
蔵之介はそんな隠岐の様子に気付いているのかいないのか、「隠岐には関係ない」と一蹴する。
「えぇ〜?そんな冷たいこと言わんといてよ〜」
「触んな」
いつもより厳しい態度の蔵之介に、裕翔は違和感を覚える。
なんだかんだ口では可愛くないことを言いつつ、隠岐が近寄ってくると雰囲気が柔らかくなるのが蔵之介という人間だった。
それが今日はこんなにも冷たくあしらうなんて。
「……蔵先輩、なにかありました?」
「……別に」
明らかに何かあった様子だが、蔵之介は口を割ろうとしない。
話したくないなら無理に聞くのもよくないだろうと思い、裕翔はそれ以上追及しなかった。
「それよりほら、水上先輩きたで!」
「!!」
ドキン、と心臓が大きく跳ねる。蔵之介の言葉に反応して振り返れば、そこには待ち焦がれていた人物がいた。
「お疲れ水上」
「お疲れっす。もう始まってます?」
スマートに輪の中に入りながら、水上が生駒の隣に腰掛ける。
その一連の動作に思わず見惚れてしまう。
相変わらずかっこいい。
「もうみんな適当に食べてってるよ〜」
「そうなんすね」
江須の返事に短く返し、水上はぐるりと室内を見回した。
そして、裕翔と目が合う。
「……」
「……ッ」
どきんどきん、と心臓の音がうるさいくらいに鳴っている。
何を言われるのだろう。
ドキドキしながら彼の言葉を待っていると、「見過ぎ」と口をぱくぱく動かして言われた。
(あ……)
慌てて視線を逸らすも時すでに遅し。
恥ずかしい。顔から火が出そうだ。
ポンポン、と隣に座った蔵之介に頭を撫でられる。
「ユート、がんばれ。応援してんで」
「……はい」
蔵之介に勇気づけられ、裕翔はゆっくりと立ち上がる。
緊張で手と足が一緒に出そうになりながらも、なんとか平静を装って歩き出した。
「あの……っ」
裕翔の声に、水上はすっと立ち上がった。
「ちょっと出よか」
「っあ、は、はいっ……!」
俺が何をしようとしてるのかすぐ察してフォローしてくれる。
そういうところが好きだ。
裕翔は頬を赤らめ、嬉しさに胸がいっぱいになるのを感じながら、彼と一緒に作戦室を出た。
***
水上に連れられやってきたのは、ボーダー基地内にひっそりとある休憩所だった。
普段あまり人の来ない場所なので、落ち着いて話すのにちょうどいい。
「で、どうしたん」
「あの……こ、れを……」
紙袋を差し出す手が震える。そんなに高価なものじゃない。でも、一生懸命作ったものだ。
「バレンタインのチョコです。よかったら食べてください……」
「ありがとう」
差し出されたチョコを、水上はやわらかく微笑みながら受け取ってくれた。
それだけで、幸せすぎてどうにかなってしまいそうだ。
「……開けてもええ?」
「は、はいっ……」
ラッピングを開けるため、水上がベンチに座るのをぼーっと眺めていると、隣に来いとばかりにぽんぽんと隣を叩かれた。
「……失礼します」
緊張しながら、そろりと隣に腰掛けてみる。
好きな人と並んで座り、肩が触れ合いそうな距離にいるという事実に頭がクラクラした。
「……手作り?」
「は、はい……っ」
「すごいやん」
「蔵先輩に作り方教わりながら、えっと、作ってみたんですけどっ、それで、っ」
テンパりすぎて自分が何を言っているのかわからない。
それでも水上はうんうんと優しく聞いてくれていた。
「嬉しいわ。ほんまに」
「っ、」
ぎゅうっ、と心臓を鷲掴まれたような感覚に陥る。
優しい声色で、本当に喜んでくれているのがわかる。そんな風に言われてしまったら、ますます好きになってしまう。
「今食ってもええ?」
「は、はい!」
水上がチョコレートを手に取り、口に運ぶ様子を見つめる。
美味しいと言ってくれるだろうか。
不安と期待が入り混じった気持ちでじっと見守る中、彼はひとつめのチョコレートを口に含んだ。
じーっと見つめていると、ふと水上がこちらを見て、にやりと意地悪げに笑った。
「だから、見過ぎやって」
骨ばった手で口元を隠しながら、くく、と喉の奥で笑うその表情、その仕草がいちいちかっこよくて、好きでたまらない。
そんなことを思いながら、裕翔はぽやぁと水上を見つめる。
「うまい」
「え?」
「これ、めちゃくちゃうまいわ」
「え!?ほ、本当ですか……!」
やった!と心の中でガッツポーズをする。
喜ぶ裕翔を横目に、水上はふたつ目のチョコを食べ始める。
「……ちなみにさ」
「はい?」
水上の声に反応し、裕翔が顔を上げると、真剣な眼差しをした彼と目が合った。
「……これ、本命?」
心臓がどくん、と大きく跳ねた。
いつもとは違う、熱の篭った瞳に見つめられ、心臓がバクバクとうなりをあげる。
「……それ、言わなきゃだめ……ですか」
「聞きたい」
水上は裕翔の手を握り、逃さないというように指を絡めてくる。
恥ずかしくて、顔が熱い。きっと耳まで真っ赤になっていることだろう。
「……本命、です」
絡められた指先から伝わる体温にドキドキする。
しかし、それ以上に繋いだ手を通して、自分の心臓の音が伝わってしまうのではと思うほど脈打っていることがバレてしまうのが怖い。
裕翔が俯いていると、水上は「そう」と小さく呟き、そのまま黙ってしまった。
どうしたのだろうと心配になり、ちらりと視線を上げてみれば、そっぽを向く水上の顔も赤く染まっていた。
(……照れてる?)
見たことの無い彼の反応に驚きつつも、裕翔は嬉しくなる。
こんなことでも幸せだと思えるなんて、恋とはなんとも不思議な感情だと思った。
***
水上は裕翔を連れて作戦室に戻り、何事もなかったかのように生駒たちと会話を始めた。
「ちょ、ユート、ユート!」
ぽやん、としたまま入り口のあたりで立ち尽くす裕翔の腕を引き、蔵之介は自分の隣の席へと座らせる。
「大丈夫か?」
「……はい」
頬を染め、まだどこか夢心地といった様子で裕翔は答える。
「あの、蔵先輩」
「ん?」
「『ホワイトデー期待しとき』って、どういう意味だと思いますか……」
蔵之介は呆れた顔をしながら、水上を見る。
水上は知らんぷりをしてそっぽを向いているが、首筋が赤い。
「…………本人に聞き」
おそらく裕翔が勇気を出して告白をしたにも関わらず、1ヶ月も返事を先延ばしにした水上のヘタレっぷりにややイラつきながらも、蔵之介はそう言っておいた。
「よう頑張ったな」
蔵之介が甘やかすように頭を撫でると、裕翔は嬉しそうに目を細めた。
(俺のこと恨めしそうに見るぐらいなら、即答でOKすればよかったのに……)
蔵之介は水上からの無言の圧力を感じながら、内心ため息をつく。
「……蔵先輩」
「んー?」
「また相談してもいいですか」
「俺が頼りになるかは知らんで」
蔵之介はにこやかに答え、裕翔の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜるように撫で回した。
「も〜限界!!蔵之介くん、いくら後輩やからって裕翔くんにばっか構いすぎ!」
蔵之介と裕翔の間に割って入るように、蔵之介の腰を抱きしめてきたのは隠岐だった。
「おい、触んなってば」
「ああっ」
べりっ、と音が出そうな勢いで引き剥がされた隠岐に、清嗣は笑いながら声をかける。
「おい隠岐、蔵之介は今日お前が女子からチョコ受け取ってるとこ見てからご機嫌斜めやねん」
「えっ」
「清嗣!!」
蔵之介は顔を赤くしながら、慌てて清嗣に詰め寄る。
「蔵之介くん、やきもち妬いてたん?」
「ちが……っ」
期待に満ちた目で見上げてくる隠岐に、否定しようと口を開くも、それより早く清嗣が声を上げた。
「そうそう。やきもち妬いてむしゃくしゃして隠岐のために用意したチョコ怒りながら自分で食ってた」
「ええっ!!!」
「清嗣ゥ!!!」
絶望的な表情を浮かべる隠岐と、羞恥で真っ赤になる蔵之介。
そんな2人の様子を、水上と裕翔は微笑まし気に眺めていた。
「水上先輩」
「うん?」
「来月、楽しみにしてます」
ふわりと笑う裕翔の笑顔に、水上は眩しいものを見たような気分になった。
「おん」
水上のぶっきらぼうな返事にも、裕翔は嬉しそうに笑った。
終